安芸国・備後国(現在の広島県)にゆかりのある戦国武将8人

安芸国の毛利氏は、もとは一郡を治めるだけの国人でした。厳島の戦いで大内の実権者・陶晴賢を破り、一代で中国地方10か国を支配する大勢力へ変わります。

安芸国あき

現在の広島県西部。毛利氏の本国で、厳島がある。

備後国びんご

現在の広島県東部。

安芸国・備後国はどんな土地だったのか

毛利元就は安芸吉田の郡山城を本拠とする国人でした。周囲を大内氏と尼子氏という二大勢力に挟まれ、どちらにつくかで家の存続が決まる立場です。

元就は次男を吉川家、三男を小早川家へ送り込んで安芸の有力国人を一族に組み込みました(毛利両川)。1555年の厳島の戦いで陶晴賢を破り、大内領を吸収します。

1566年に尼子氏を滅ぼして中国地方をほぼ制圧しました。孫の輝元の代に織田・豊臣と争い、関ヶ原では西軍の総大将に担がれて120万石から37万石へ削られます。

この地域を代表する勢力

毛利氏

安芸の国人から中国地方の覇者へ。元就・隆元・輝元の三代。

吉川氏・小早川氏(毛利両川)

元就の次男・元春が吉川家を、三男・隆景が小早川家を継ぎ、毛利本家を支えた。

大内氏

周防を本拠に安芸へ影響を及ぼした西国の大大名。陶晴賢の謀反で崩れた。

まず知っておきたい武将

広告

安芸国・備後国にゆかりのある武将(8人)

この地域の出身、またはこの地を治めた家に仕えた武将です。生没年と、この地域に掲載している理由を各カードに添えています。

この地域で起きた主な合戦

この地域の主な城

周辺の地域

戦国時代の勢力争いは国境をまたいで動きます。隣の国も見てみてください。

APP 土地ページの次へ

安芸国・備後国で見つけた武将を、人物と合戦まで。

出身地や土地から見つけた武将は、アプリなら人物の関係や関わった合戦までつなげて読めます。

  • 土地から人物へ
  • 214人の武将
  • 44件の合戦
  • オフライン対応
安芸国・備後国の武将をアプリで見る Google Play で入手