相模国・武蔵国はどんな土地だったのか
北条早雲は伊豆を奪い、次いで相模へ進んで小田原城を手に入れました。以後、氏綱・氏康・氏政・氏直と五代にわたって関東経営が続きます。
北条氏の特徴は、軍事だけでなく統治にあります。検地を行って年貢を四公六民に定め、目安箱にあたる制度で領民の訴えを受けるなど、支配の仕組みを整えました。
小田原城は城下町ごと総構で囲む巨大要塞に発展します。それでも1590年、豊臣秀吉が20万を動員し、支城を個別に落として孤立させたことで開城しました。
相模国の小田原城は、上杉謙信の10万を退け、武田信玄も落とせなかった城です。北条五代はここを本拠に、関東の大半を支配しました。
現在の神奈川県の大部分。北条氏の本拠・小田原城がある。
現在の東京・埼玉と神奈川県東部。
北条早雲は伊豆を奪い、次いで相模へ進んで小田原城を手に入れました。以後、氏綱・氏康・氏政・氏直と五代にわたって関東経営が続きます。
北条氏の特徴は、軍事だけでなく統治にあります。検地を行って年貢を四公六民に定め、目安箱にあたる制度で領民の訴えを受けるなど、支配の仕組みを整えました。
小田原城は城下町ごと総構で囲む巨大要塞に発展します。それでも1590年、豊臣秀吉が20万を動員し、支城を個別に落として孤立させたことで開城しました。
伊豆・相模から関東へ広がった五代の大名。鎌倉時代の北条氏とは別系統。
相模の在地勢力。北条早雲との抗争に敗れて滅んだ。

相模の獅子
後北条氏の三代目当主。河越城の戦いで日本三大奇襲を成功させ、関東の覇者となった。

小田原最後の当主
北条氏政の嫡男にして後北条氏最後の当主。徳川家康の娘・督姫を正室に迎えた。

左京大夫
後北条氏の四代目当主。氏康の跡を継ぎ、最大版図を築くが、豊臣秀吉の小田原征伐に遭う。
この地域の出身、またはこの地を治めた家に仕えた武将です。生没年と、この地域に掲載している理由を各カードに添えています。
相模の獅子
1515〜1571/相模国の出身/北条氏の大名
小田原最後の当主
1562〜1591/相模国の出身/北条氏の大名
左京大夫
1538〜1590/相模国の出身/北条氏の大名
北条氏の本拠 〜 開城 1590年
神奈川県
築城 1512年頃(伝)
神奈川県(相模国)
築城 1478年頃/石田三成の水攻めに耐えた籠城戦 1590年
埼玉県(武蔵国)
戦国時代の勢力争いは国境をまたいで動きます。隣の国も見てみてください。