美濃国・飛騨国はどんな土地だったのか
美濃は守護・土岐氏の国でしたが、油商人から身を起こしたと伝わる斎藤道三が実権を握ります。ただし国盗りは道三一代ではなく父子二代で行われたとする説が現在は有力です。
道三は長良川の戦いで子の義龍に討たれ、義龍の急死後、家督を継いだ龍興の代に織田信長が稲葉山城を攻略しました。信長は城を岐阜城と改め、ここから上洛します。
関ヶ原の戦いの本戦が行われたのも美濃国不破郡でした。東西どちらから来ても通らざるを得ない土地であることが、この国の歴史をつくっています。
美濃国は、東山道と中山道が交わり、北陸・東海・畿内のどこへも兵を出せる位置にあります。斎藤道三が一代で奪い、織田信長がここを拠点に「天下布武」を掲げました。
現在の岐阜県南部。「美濃を制する者は天下を制す」と言われた要衝。
現在の岐阜県北部の山国。姉小路氏・金森氏が支配した。
美濃は守護・土岐氏の国でしたが、油商人から身を起こしたと伝わる斎藤道三が実権を握ります。ただし国盗りは道三一代ではなく父子二代で行われたとする説が現在は有力です。
道三は長良川の戦いで子の義龍に討たれ、義龍の急死後、家督を継いだ龍興の代に織田信長が稲葉山城を攻略しました。信長は城を岐阜城と改め、ここから上洛します。
関ヶ原の戦いの本戦が行われたのも美濃国不破郡でした。東西どちらから来ても通らざるを得ない土地であることが、この国の歴史をつくっています。
土岐氏の家臣から国主へ。道三・義龍・龍興の三代で美濃を失った。
1567年に稲葉山城を落として岐阜と改称。ここから畿内へ進出した。
稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就。斎藤から織田へ移り、美濃支配を実務で支えた国人衆。

智将十兵衛
織田信長の重臣。出自は謎に包まれている。

今孔明
天才的な軍師。わずかな手勢で稲葉山城を奪取した逸話で知られる。

マムシの娘
斎藤道三の娘で、織田信長の正室。政略結婚で信長に嫁いだが、史料が少なくその生涯は謎に包まれている。
この地域の出身、またはこの地を治めた家に仕えた武将です。生没年と、この地域に掲載している理由を各カードに添えています。
智将十兵衛
1528?〜1582/美濃国の出身/織田氏の武将
今孔明
1544〜1579/美濃国の出身/豊臣氏の軍師
マムシの娘
1535?〜1612?/美濃国の出身/織田氏の女性
散りぬべき時知りてこそ
1563〜1600/美濃国の出身/細川氏の女性
信長の小姓
1565〜1582/美濃国の出身/織田氏の武将
戦国初の復活大名
1552〜1614/美濃国の出身/豊臣氏の武将
左馬助
1536〜1582/美濃国の出身/織田氏の家臣
鬼武蔵
1558〜1584/美濃国の出身/織田氏の武将
新九郎
1527〜1561/美濃国の出身/斎藤氏の大名
信長による攻略・改称 1567年
岐阜県
道三の本拠 〜 1567年信長が攻略
岐阜県
道三の入城(隠居) 天文17年(1548年)ごろ
岐阜県(美濃国)
三成の入城 慶長5年(1600年)
岐阜県(美濃国)
築城 永禄2年(1559年)
岐阜県(美濃国)
森蘭丸、生誕の城
岐阜県(美濃国)
戦国時代の勢力争いは国境をまたいで動きます。隣の国も見てみてください。