金山城

森蘭丸、生誕の城

城名金山城(別名: 兼山城、旧称: 烏峰城)
所在地美濃国・兼山(現・岐阜県可児市兼山)
築城/入城など1537年(天文6年)、斎藤正義が烏峰城として築城。1565年、織田信長の命で森可成が入城し金山城と改称
主な城主森蘭丸(成利)
現状国指定史跡(続日本100名城)。石垣や曲輪跡が残る

金山城とは

金山城は1537年、斎藤正義が烏峰城として築いた城です。1565年、織田信長が東美濃攻略の拠点として森可成を城主に据えると「金山城」と改められ、以後森氏代々の居城となりました。

森蘭丸(成利)はこの金山城で生まれたと伝わります。1570年に父・可成が宇佐山城の戦いで討死すると兄・長可が家督と城主の座を継ぎましたが、1582年、長可が甲州征伐の功により信濃へ転封されたのにともない、蘭丸が金山城主となりました。もっとも蘭丸自身は信長の小姓として常に近侍していたため在城はせず、城代を置いて統治したとされます。そしてその年のうちに本能寺の変が起こり、蘭丸は信長とともに討ち死にしました。

1537年 斎藤正義が烏峰城を築城
1565年 織田信長の命で森可成が城主となり、金山城と改称。同年、森蘭丸(成利)が生まれたと伝わる
1570年 森可成が宇佐山城の戦いで討死し、兄・森長可が家督を継ぎ金山城主となる
1582年 森長可の信濃転封にともない森蘭丸が金山城主となるが、信長近侍のため城代を置いて統治
1582年 本能寺の変で織田信長とともに討ち死に
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ゆかりの武将

城主を務めた人物

信長近侍のため在城はせず、城代による統治だったとされる

13歳で家督を継いだ森家の本拠

1570年、父・可成の戦死を受けて家督を継ぎ金山城主となる。1582年に信濃・川中島へ転封となった際、金山城主の座は弟・森成利(蘭丸)に譲られ、本能寺の変直前は蘭丸がこの城の当主であった。

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よくある質問

Q. 森蘭丸は金山城主だったの?

はい。1582年、兄・森長可の信濃転封にともない金山城を与えられ城主となりました。ただし信長の小姓として常に近侍していたため、実際には城代を置いて統治していたとされます。

Q. 森蘭丸は金山城で生まれたの?

森氏代々の居城である金山城で生まれたと伝わりますが、生誕地については異説もあります。

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