片倉小十郎の生涯
伊達政宗の傅役から側近へ。政略・外交の相談役として政宗を支え、小田原参陣を進言したと伝わる。白石城主。豊臣秀吉が直臣に取り立てようとしたほどの人物と伝えられる。
政宗の右目

| 名前 | 片倉小十郎 |
|---|---|
| 本名・幼名 | 景綱 |
| 別称 | 政宗の右目(史料上の異名ではなく、立場や特徴を表す呼び方です) |
| 生年 | 1557年 |
| 没年 | 1615年 |
| 出身 | 奥州(宮城県) |
| 勢力 | 伊達 |
| 役職 | 軍師 |
伊達政宗の傅役から側近へ。政略・外交の相談役として政宗を支え、小田原参陣を進言したと伝わる。白石城主。豊臣秀吉が直臣に取り立てようとしたほどの人物と伝えられる。
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伊達政宗、伊達成実、片倉重長――人物をタップすると、その先の関係まで相関図が広がります。
片倉小十郎片倉小十郎にゆかりのある城です。
1585年11月
奥州・人取橋
1589年6月
陸奥国・摺上原
1590年
相模国・小田原城
1592年〜1598年
朝鮮半島
1600年9月15日
美濃国・関ヶ原
1614年〜1615年
摂津国・大坂城
片倉小十郎は奥州(現在の宮城県)の出身です。
片倉小十郎は人取橋の戦い、摺上原の戦い、小田原征伐、文禄・慶長の役、関ヶ原の戦い、大坂の陣に参戦しています。