大和国(現在の奈良県)にゆかりのある戦国武将3人

大和国には守護大名がいませんでした。興福寺が守護に相当する権限を持ち、その下で筒井氏・越智氏といった国人が争います。ここへ外から入り込んだのが松永久秀でした。

大和国やまと

現在の奈良県全域。興福寺の影響が強く、守護大名が置かれなかった。

大和国はどんな土地だったのか

大和国は興福寺・東大寺という巨大寺院の荘園が広がる国で、寺院が世俗の権力も握っていました。国人はその衆徒・国民という立場で、寺の権威を背景に勢力を張ります。

三好長慶の家臣だった松永久秀が大和へ入り、多聞山城を築いて支配を進めました。筒井順慶との抗争は長く続きます。1567年の東大寺大仏殿の焼失も、この抗争の中で起きました。

1577年に久秀が信貴山城で滅ぶと、大和は筒井順慶に一本化されます。順慶の死後、豊臣秀長が大和・紀伊・和泉100万石の大名として郡山城に入りました。

この地域を代表する勢力

筒井氏

興福寺の衆徒から出た国人。松永久秀と争い、最終的に大和一国を任された。

松永氏

三好家臣から大和支配へ。多聞山城・信貴山城を築いた。

豊臣秀長

郡山城主として大和・紀伊・和泉を治め、豊臣政権を支えた。

まず知っておきたい武将

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大和国にゆかりのある武将(3人)

この地域の出身、またはこの地を治めた家に仕えた武将です。生没年と、この地域に掲載している理由を各カードに添えています。

この地域で起きた主な合戦

この地域の主な城

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