出羽国はどんな土地だったのか
出羽国は最上川の流域に沿って開けた国で、山形城の最上氏が中心的な勢力でした。最上義光は近隣の国人を従え、庄内地方にも進出します。
一方、置賜地方の米沢城には伊達氏がありました。政宗は1567年にここで生まれ、1584年に家督を継いでいます。最上義光は政宗の母・義姫の兄にあたり、両家は姻戚でありながら争う関係でした。
関ヶ原の際、最上義光は東軍につき、西軍方の上杉景勝の侵攻を長谷堂城で防ぎました。この功で57万石の大名となりますが、義光の死後に家中が乱れ、最上家は改易されます。代わって上杉家が米沢へ移りました。


