戦国武将の名言・座右の銘一覧

厳しい戦国の世を生き抜いた武将たち38人の代表的な名言を、現代語訳・解説とあわせて一覧で紹介します。人気・主要武将から順に掲載中で、今後も追加していく予定です。

今のあなたの状況は?

気になる状況を選ぶと、その場面で支えになりそうな武将の言葉に絞り込めます。武将名やキーワードで探すこともできます。

豊臣秀長のAI生成イメージ
豊臣秀長

「内々の儀は宗易に、公儀の事は宰相に存じ候」(大友宗麟に対し、政権内の窓口を示した言葉)

内々の私的な相談は千利休(宗易)に、公的な政務の相談はこの秀長にしてください。

広告
本多忠勝のAI生成イメージ
本多忠勝

「侍は首を取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討死する心こそ真の侍なれ」

武士は手柄がなくとも構わない。危機に直面して逃げず、主君と運命を共にする覚悟こそが本当の武士である。

島津義弘のAI生成イメージ
島津義弘

「鬼石曼子(グイシーマンズ)」(朝鮮出兵で明・朝鮮側が付けた異名。鬼のように恐ろしい島津の意)

「鬼のように恐ろしい石曼子(島津)」という意味の異名。

竹中半兵衛のAI生成イメージ
竹中半兵衛

「戦は五分の勝ちをもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となす」

戦は五分程度の勝ちが最も良く、七分の勝ちは中くらい、十分な圧勝はかえって良くない。

直江兼続のAI生成イメージ
直江兼続

「直江状」(家康への挑戦状。13ヶ条にわたり家康の言いがかりに反論した)

徳川家康からの上洛要求に対し、13カ条にわたって反論した書状。

斎藤道三のAI生成イメージ
斎藤道三

「わが子たちは信長の門前に馬をつなぐことになろう」(信長の器量を認めた言葉)

自分の息子たちは、いずれ信長の家来として仕えることになるだろう。

広告
北条早雲のAI生成イメージ
北条早雲

「早雲寺殿廿一箇条」(家臣への訓戒。朝は早く起きよ、文武を怠るな等の実践的教え)

早雲が家臣に残したとされる、日常の心得を21カ条にまとめた家訓。

立花宗茂のAI生成イメージ
立花宗茂

「武士たる者、己の信ずるところに従い、義を貫くべし」(伝承)

武士たる者は、自分が正しいと信じる道に従い、義を貫き通すべきである。

柴田勝家のAI生成イメージ
柴田勝家

「夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」(辞世の句・お市の方と共に)

夏の夜の夢のようにはかない人生だったが、去った後の私の名だけは空高くまで語り継いでほしい。

松永久秀のAI生成イメージ
松永久秀

「平蜘蛛の釜と松永の首の二つは渡さぬ」(最期の言葉・伝承)

名器「平蜘蛛」の茶釜と、この松永久秀の首の二つだけは、決して信長には渡さない。

藤堂高虎のAI生成イメージ
藤堂高虎

「寝屋を出るより其の日を死番と心得るべし」(高虎の遺訓・藤堂家家訓書)

寝床を出るその日から、いつ死んでもおかしくないという覚悟を持つべきである。

蒲生氏郷のAI生成イメージ
蒲生氏郷

「限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風」(辞世の歌)

定めがあれば、風が吹かなくとも花はいずれ散るものなのに、なんとせっかちに吹き散らす春の山風であることか。

細川忠興のAI生成イメージ
細川忠興

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」(ガラシャの辞世と伝わるが、忠興の教養を反映)

散るべき時をわきまえてこそ、花は本当の花であり、人も本当の人と言えるのだ。

もっと詳しく