大高城

今川方の兵糧入れ 1560年

城名大高城
所在地尾張国知多郡大高(現・愛知県名古屋市緑区大高町)
築城永正年間(1504年~1521年)頃、花井備中守によるとされる
主な城主鵜殿長照(今川義元配下)
現状大高城跡として土塁・空堀の一部が残り、公園として整備

大高城とは

大高城は尾張国知多郡大高(現在の愛知県名古屋市緑区大高町)にあった城である。永正年間(1504年~1521年)頃に花井備中守が築いたと伝わり、その後水野氏の支配を経て、今川義元の尾張侵攻に伴い今川方の最前線拠点となった。城将には今川氏一門の鵜殿長照が置かれていた。

永禄3年(1560年)、大高城は織田方の丸根砦・鷲津砦に囲まれ、兵糧が窮乏する事態に陥った。今川方の先鋒を務めていた松平元康(後の徳川家康)は、夜陰に乗じて敵の隙をつき、大高城への兵糧搬入を成功させる。これがいわゆる「大高城兵糧入れ」であり、元康はこの城に入った直後に桶狭間で義元討死の報を受け、岡崎への帰還を決意することになった。

1504年頃 花井備中守により大高城が築かれたと伝わる(永正年間)
1560年5月 今川義元の尾張侵攻に伴い、今川方先鋒の松平元康(後の徳川家康)が織田方の包囲を突破して大高城に兵糧を届ける
1560年5月19日 桶狭間の戦いで今川義元が討死。大高城にいた元康はその報を受け、岡崎城への帰還を決断する
1560年以降 今川方の後退に伴い、大高城は織田方の支配下に入る
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大高城の城主ではないが、桶狭間直前の「大高城兵糧入れ」の舞台として深く関わる

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よくある質問

Q. 大高城とは?

尾張国大高(現・名古屋市緑区)にあった今川方の最前線城で、桶狭間合戦前夜の「兵糧入れ」の舞台として知られる。

Q. 大高城兵糧入れとは?

永禄3年(1560年)、織田方に包囲され兵糧が窮乏した大高城に、今川方の松平元康(後の徳川家康)が兵糧を届けた作戦のこと。元康はその直後に桶狭間での義元討死を知ることになった。

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