「武将」は当時の役職名ではない
戦国時代に「武将」という辞令が出されたわけではありません。当時の文書に現れるのは、守護代・家老・侍大将・足軽大将といった具体的な職や、受領名(〜守)です。「武将」は後世が用いる分類語で、この一覧でも「大名・軍師・奉行などに当てはめにくい、戦場で兵を率いた人物」をまとめる区分として使っています。
戦場での役割は身分と兵種で分かれていた
侍大将は騎馬武者を含む部隊を預かり、足軽大将は槍・弓・鉄砲の足軽隊を指揮しました。戦国後期になると鉄砲隊の運用や陣立ての巧拙が勝敗を左右するようになり、個人の武勇よりも部隊をどう動かすかが問われるようになります。合戦後には誰がどの働きをしたかを記した感状が主君から与えられ、それが加増や昇進の根拠になりました。
名前の呼び方が一定しない理由
戦国武将は、幼名・通称・諱(いみな)・受領名・法号と、生涯のうちに複数の名を持ちました。たとえば豊臣秀吉は日吉丸・木下藤吉郎・羽柴秀吉・豊臣秀吉と変わっています。当時、諱は本人を直接呼ぶには失礼な名で、日常では通称や官職名で呼ぶのが普通でした。この図鑑では最も広く知られている名を見出しにし、別の呼び名は各ページの情報表に併記しています。








































































































