豊臣五大老とは?
5人のメンバーと秀吉死後の役割を解説

豊臣五大老とは、豊臣秀吉の晩年から死後の豊臣政権で大きな影響力を持った有力大名たちを表す呼称です。

現在一般的に五大老として知られているのは、徳川家康・前田利家・毛利輝元・上杉景勝・宇喜多秀家の5人です。

秀吉が亡くなった1598年、後継者の豊臣秀頼はまだ幼く、豊臣政権は有力大名や奉行たちによる合議によって支えられることになります。

ただし、「五大老」という言葉を現代の会社の役職のような固定制度として理解するのは注意が必要です。

一般に知られる五大老

この5人はいずれも豊臣政権下で大きな領国と政治的影響力を持った大名でした。

五大老は最初からこの5人だった?

五大老については、「最初から最後まで同じ5人が正式な役職として固定されていた」と単純に考えない方がよいでしょう。

特に重要なのが小早川隆景です。

隆景も秀吉政権下で大きな影響力を持った有力大名の一人であり、五大老の成立や構成を説明する際に欠かせない人物です。

さらに「五大老」「五奉行」という呼称や制度そのものについても、歴史研究ではその成立時期や実際の権限関係について再検討が続いています。

そのため当サイトでは、現在一般的に五大老として知られる5人を紹介しつつ、固定された単純な役職制度ではなかったこともあわせて説明します。

五大老と五奉行の違いは?

大まかに理解するなら、五大老には徳川家康や毛利輝元などの有力大名が名を連ね、五奉行には石田三成ら豊臣政権の政務実務を担った人物が含まれます。

文化遺産オンラインに残る1598年の五奉行連署状からは、秀吉死去後、いわゆる五大老・五奉行らの合議によって朝鮮からの日本軍撤退が進められたことも確認できます。

豊臣政権の有力大名と政務を担う奉行たちが、それぞれ重要な立場から政権を支えたと理解する方が適切です。

参考資料

  • 文化遺産オンライン「鍋島直茂宛て豊臣家五奉行連署状」外部サイト
  • 国立国会図書館所蔵「阿部勝則「豊臣五大老・五奉行についての一考察」」
  • 堀越祐一「『豊臣政権の権力構造』」

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