横山城

織田軍に奪われる 1570年

城名横山城
所在地近江国坂田郡(現・滋賀県長浜市)
築城1561年(永禄4年)、浅井長政による
主な城主浅井井演(浅井氏一門)。1570年以降は織田方の木下秀吉が城番
現状廃城。城跡は山として残るのみ

横山城とは

横山城は近江国坂田郡、現在の滋賀県長浜市にあった城で、1561年(永禄4年)に浅井長政が南方の六角氏に対する防衛拠点として築かせ、一門の浅井井演を城主に据えたとされる。浅井氏の本拠・小谷城からわずか6~7キロメートルの距離にあり、美濃と北陸を結ぶ街道沿いに位置する要衝であった。

1570年(元亀元年)、織田信長は小谷城攻略に先立ち、姉川を挟んで南に位置する横山城を包囲した。この横山城包囲が「姉川の戦い」の直接の引き金となり、合戦で浅井・朝倉連合軍を破った織田方は横山城を奪取、木下秀吉(後の豊臣秀吉)を城番として置いた。以後、横山城は織田方が小谷城の浅井長政を追い詰めるための前線基地として機能し、1573年(天正元年)に浅井氏が滅亡し秀吉が長浜城を築くと、その役目を終えて廃城になったと考えられている。

1561年 浅井長政が対六角氏の防衛拠点として横山城を築く
1570年 織田信長が横山城を包囲、姉川の戦いの引き金となる
1570年 姉川の戦いの後、織田方が横山城を奪取し、木下秀吉(豊臣秀吉)を城番に任じる
1573年 浅井氏の滅亡と秀吉の長浜城築城に伴い、横山城は廃城になったとされる
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横山城を築いた浅井方の人物

横山城は浅井長政の命で一門の浅井井演が城主を務めたが、1570年以降は織田方に奪われ木下秀吉が城番となった

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よくある質問

Q. 横山城とは?

近江国(現・滋賀県長浜市)にあった城で、浅井長政が対六角氏の防衛拠点として築いたが、1570年に織田信長方に奪われた。

Q. 横山城はなぜ姉川の戦いにつながったのか?

織田信長が小谷城攻略の前段階として横山城を包囲したことが、浅井・朝倉連合軍との衝突、すなわち姉川の戦いの直接の引き金となった。

Q. 横山城はその後どうなったのか?

姉川の戦い後は木下秀吉(後の豊臣秀吉)が城番を務め、1573年に浅井氏が滅亡し秀吉が長浜城を築いた頃に廃城になったと考えられている。

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