賤ヶ岳の戦いとは?豊臣秀吉が柴田勝家を破った戦い

1583年4月|近江国・賤ヶ岳

30秒でわかる賤ヶ岳の戦い

織田家の後継をめぐって対立した羽柴秀吉と柴田勝家が、近江の賤ヶ岳で決戦した戦いです。

秀吉は美濃の織田信孝を攻めるふりをして戦線を離れ、勝家方の佐久間盛政が前に出た隙を突いて約52キロを5時間で引き返しました(美濃大返し)。

勝家は北ノ庄城で自害し、秀吉が織田家中の実権を完全に掌握します。

基本情報

戦名賤ヶ岳の戦い
時期1583年4月
場所近江国・賤ヶ岳
現在の場所滋賀県長浜市木之本町(賤ヶ岳・余呉湖周辺)
両軍羽柴軍 vs 柴田軍
主な武将豊臣秀吉柴田勝家前田利家加藤清正福島正則柴田勝豊 ほか
結果羽柴軍の勝利

なぜ賤ヶ岳の戦いは起きた?

清洲会議で秀吉が主導権を握ったことに、筆頭家老の柴田勝家は納得していませんでした。勝家は織田信孝・滝川一益と結び、秀吉に対抗します。

越前を本拠とする勝家は雪に閉ざされる冬の間動けず、その間に秀吉は近江・美濃で地歩を固めました。

戦う直前の状況

1583年3月、雪解けとともに勝家が近江へ出兵。両軍は余呉湖周辺に多数の砦を築いて対峙します。1か月以上、決戦は起きませんでした。

両軍の顔ぶれ

羽柴軍

主な指揮
羽柴秀吉・羽柴秀長・丹羽長秀・加藤清正・福島正則ら
兵力
約5万

兵力で優位に立ち、砦の線で勝家を抑えていた。

柴田軍

主な指揮
柴田勝家・佐久間盛政・前田利家
兵力
約3万

前田利家ら与力の結束が万全でなかった。

兵力の数字は、軍記物に由来するものを含め史料によって大きく開きがあります。ここでは広く引かれている数値を挙げていますが、実数はこれより少なかったとする研究もあります。

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  • 1583年4月
  • 近江国・賤ヶ岳
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戦いの流れ

  1. 両軍の対陣(3〜4月) 余呉湖周辺で砦を築き合い、膠着状態が続く。
  2. 秀吉の美濃出陣(4月16日) 織田信孝が岐阜で挙兵したため、秀吉が主力を率いて美濃へ向かう。
  3. 佐久間盛政の突出(4月19〜20日) 秀吉不在の隙に盛政が大岩山砦を攻め、中川清秀を討ち取る。勝家は速やかな帰陣を命じたが、盛政は前線に留まった。
  4. 美濃大返し(4月20日午後) 報を受けた秀吉が全軍を返し、大垣から木之本までの13里(約52キロ)を5時間ほどで移動した。午後2時頃に大垣を発ち、7時頃には先頭が到着したと伝わる。
  5. 賤ヶ岳の戦闘(4月21日未明) 突出していた佐久間隊が急襲を受けて崩壊。加藤清正・福島正則ら「賤ヶ岳の七本槍」が武名を上げた。
  6. 前田利家の離脱 戦線に加わっていた前田利家が戦わずに撤退し、柴田軍の右翼が崩れた。
  7. 北ノ庄城落城(4月24日) 勝家が越前へ退いて籠城するが落城し、お市の方とともに自害した。

勝敗を分けたポイント

  • 突出を誘い、突出を突いた秀吉の美濃出陣が「隙」に見えたことが、佐久間盛政を前に出させた。
  • 移動速度中国大返しに続き、ここでも秀吉軍の行軍速度が想定を超えた。街道沿いに兵糧・松明を用意させていたと伝わる。
  • 前田利家の離脱勝家の与力だった利家が戦わずに引いたことで、柴田軍の戦線が保てなくなった。
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各武将の戦術

戦いの後どうなった?

柴田勝家の滅亡で、織田家中に秀吉と並ぶ者はいなくなりました。滝川一益は降伏、織田信孝は自害します。

前田利家は秀吉に従い、加賀・能登を与えられて加賀百万石の基礎を築きました。

残った対抗勢力は織田信雄と徳川家康で、翌1584年の小牧・長久手へつながります。

なぜこの戦いが重要なのか

秀吉が「織田家の重臣の一人」から「織田家を継ぐ者」へ移った戦いです。以後、秀吉は織田家の家督を名目にせず、自らの政権を築いていきます。

諸説・よくある誤解

「賤ヶ岳の七本槍」は7人だけ?

加藤清正・福島正則ら7人が有名ですが、同時に恩賞を受けた者は9人いたとする史料もあり、「七本槍」という括りは後年に整えられたものです。

勝利側

敗北側

参戦武将

前後の出来事

関連する合戦

よくある質問

Q. 賤ヶ岳の戦いとはどんな戦い?

賤ヶ岳の戦いは、1583年4月に近江国・賤ヶ岳で行われた合戦です。豊臣秀吉・柴田勝家・前田利家・加藤清正らが戦い、結果は羽柴軍の勝利でした。

Q. 賤ヶ岳の戦いはいつ・どこで起きた?

賤ヶ岳の戦いは1583年4月に近江国・賤ヶ岳(滋賀県長浜市木之本町(賤ヶ岳・余呉湖周辺))で起きました。

Q. 賤ヶ岳の戦いの結果は?

羽柴軍の勝利

Q. 賤ヶ岳の戦いの参戦武将は?

豊臣秀吉、柴田勝家、前田利家、加藤清正、福島正則、柴田勝豊、加藤嘉明、脇坂安治、丹羽長秀、前田利長、片桐且元、平野長泰、糟屋武則が参戦しています。

参考資料

  • 史料「川角太閤記」
  • 史料「天正記(大村由己)」

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