大高坂山城とは
大高坂山城は、土佐国の戦国大名長宗我部元親が1588年(天正16年)、代々の本拠であった岡豊城からの本拠移転先として築いた城である。鏡川と江ノ口川に挟まれた要害の地であり、水運の便にも優れていたことから新たな拠点として選ばれた。
しかし城の周囲は低湿地であったため水害が絶えず、城下町の整備が思うように進まなかった。このため元親は1591年(天正19年)、大高坂山城を放棄して浦戸城へと本拠を再移転することになる。関ヶ原の戦い後、元親の跡を継いだ長宗我部盛親が改易されると、代わって土佐に入封した山内一豊が、手狭であった浦戸城に代えて大高坂山の地を選び、新たに高知城を築いた。大高坂山城は、こうして高知城の前身にあたる存在として位置づけられている。



