耳川の戦いとは?島津義久が大友宗麟を破った戦い

1578年11月|日向国・耳川

30秒でわかる耳川の戦い

日向へ侵攻した大友宗麟の軍を、島津義久が耳川で迎え撃って壊滅させた戦いです。

大友軍は本陣の宗麟が戦場から離れた高城に滞在し、前線では和戦をめぐって将の意見が割れていました。島津の「釣り野伏せ」に誘い込まれ、渡河中に総崩れとなります。

九州最大の勢力だった大友氏はこの敗戦で急速に衰え、島津の北上が始まりました。

基本情報

戦名耳川の戦い
時期1578年11月
場所日向国・耳川
現在の場所宮崎県児湯郡木城町(高城跡・高城川原)〜耳川流域
両軍島津軍 vs 大友軍
主な武将島津義久島津義弘島津歳久大友宗麟立花道雪高橋紹運
結果島津軍の大勝

なぜ耳川の戦いは起きた?

大友宗麟は豊後を本拠に北九州六か国を押さえ、九州最大の勢力でした。キリシタン大名として日向にキリスト教的な理想国家を築こうとしたとも伝わります。

一方、南九州を統一した島津義久が北上を始め、日向の伊東義祐を追いました。伊東は大友を頼り、宗麟は日向へ出兵します。

戦う直前の状況

大友軍は高城を包囲しますが、城将・山田有信がよく守って落ちません。そこへ島津義久の本隊が到着し、両軍は小丸川を挟んで対峙しました。大友側では田原親賢ら主戦派と、和睦を説く一派が対立していました。

両軍の顔ぶれ

島津軍

兵力
約3万(諸説あり)

得意の「釣り野伏せ」を使う地形を選んだ。

大友軍

主な指揮
田原親賢ほか(宗麟は務志賀に滞在)
兵力
約4万(諸説あり)

総大将が前線にいないまま、将同士の意見が割れていた。

兵力の数字は、軍記物に由来するものを含め史料によって大きく開きがあります。ここでは広く引かれている数値を挙げていますが、実数はこれより少なかったとする研究もあります。

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  • 1578年11月
  • 日向国・耳川
  • オフライン対応
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戦いの流れ

  1. 大友軍の日向侵攻(1578年) 伊東義祐の要請を受け、大友軍が日向へ進軍する。
  2. 高城包囲 島津方の高城を囲むが、山田有信が守り抜いて落ちない。
  3. 島津本隊の到着(11月) 義久の本隊が小丸川南岸に布陣。両軍が対峙する。
  4. 大友軍の渡河(11月12日) 大友軍が川を渡って攻撃を開始。
  5. 釣り野伏せ 島津軍が退却を装って大友軍を引き込み、左右に伏せた部隊が包囲。高城の守備隊も打って出た。
  6. 耳川での壊滅 崩れた大友軍が北へ敗走し、耳川の渡河で多数が溺死した。佐伯惟教をはじめ多くの将を失っている。

勝敗を分けたポイント

  • 総大将が前線にいなかった宗麟が戦場を離れていたため、意見が割れたときに決断する者がいなかった。
  • 釣り野伏せが機能した偽装退却で敵を引き込み、伏兵で三方から包む島津の戦法がそのまま決まった。
  • 川を背にして崩れた敗走路に川があったことで、損害が戦闘そのものより大きくなった。
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各武将の戦術

戦いの後どうなった?

大友氏は重臣層を大量に失い、支配下の国人が次々に離反します。龍造寺隆信が肥前で自立し、九州は大友・島津・龍造寺の三つ巴になりました。

島津氏は日向を確保し、その後肥後・肥前へ進出。1584年の沖田畷で龍造寺を破り、九州統一に迫ります。

追い詰められた宗麟は1586年に豊臣秀吉へ救援を求め、九州征伐を招くことになりました。

なぜこの戦いが重要なのか

九州の勢力図が一戦で塗り替わりました。この敗戦がなければ大友氏が九州を統一していた可能性があり、秀吉の九州征伐という展開も生まれなかったかもしれません。

勝利側

敗北側

参戦武将

前後の出来事

この前に何が起きた? 島津の日向侵攻 伊東義祐が日向を追われ、大友を頼った。
この戦い耳川の戦い
この後どうなった? 沖田畷の戦い(1584年) 島津が龍造寺隆信を討ち、九州統一に王手をかける。

関連する合戦

よくある質問

Q. 耳川の戦いとはどんな戦い?

耳川の戦いは、1578年11月に日向国・耳川で行われた合戦です。島津義久・島津義弘・島津歳久・大友宗麟らが戦い、結果は島津軍の大勝でした。

Q. 耳川の戦いはいつ・どこで起きた?

耳川の戦いは1578年11月に日向国・耳川(宮崎県児湯郡木城町(高城跡・高城川原)〜耳川流域)で起きました。

Q. 耳川の戦いの結果は?

島津軍の大勝

Q. 耳川の戦いの参戦武将は?

島津義久、島津義弘、島津歳久、大友宗麟、立花道雪、高橋紹運が参戦しています。

参考資料

  • 史料「大友興廃記」
  • 史料「島津国史」

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