第二次国府台合戦とは?北条軍の勝利

1564年1月|下総国・国府台

30秒でわかる第二次国府台合戦

下総の国府台で、北条氏康の軍と里見義弘が戦い、北条が勝利した戦いです。

里見軍は初戦で北条方の遠山綱景・富永直勝を討ち取りますが、その夜に油断したところを北条軍の夜襲で崩されました。

この敗戦で里見氏は上総の支配を大きく失い、北条氏の房総進出が進みます。

基本情報

戦名第二次国府台合戦
時期1564年1月
場所下総国・国府台
現在の場所千葉県市川市国府台(里見公園一帯)
両軍北条軍 vs 里見軍
主な武将北条氏康
結果北条軍の勝利

なぜ第二次国府台合戦は起きた?

上杉謙信の関東出兵に呼応して北条に敵対していた安房の里見氏は、房総半島から北条領を脅かす位置にいました。

国府台は江戸川を望む台地で、江戸から下総・上総へ抜ける要衝です。ここを里見が押さえれば北条の江戸支配が揺らぎます。

戦う直前の状況

1563年末から里見義弘が国府台に布陣。北条氏康・氏政が江戸城から出撃し、江戸川を挟んで対峙しました。

両軍の顔ぶれ

北条軍

兵力
約2万(諸説あり)

初戦で敗れたが、態勢を立て直して夜襲に転じた。

里見軍

主な指揮
里見義弘・太田資正
兵力
約1万2千(諸説あり)

上杉方として北条に対抗していた。

兵力の数字は、軍記物に由来するものを含め史料によって大きく開きがあります。ここでは広く引かれている数値を挙げていますが、実数はこれより少なかったとする研究もあります。

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  • 1564年1月
  • 下総国・国府台
  • オフライン対応
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戦いの流れ

  1. 里見軍の国府台布陣 義弘が台地上に陣を敷き、江戸川を天然の堀とした。
  2. 緒戦(1月7日) 渡河した北条方先鋒が里見軍に撃退され、遠山綱景・富永直勝が討死する。
  3. 里見軍の油断 勝利を祝った里見陣で警戒が緩んだと伝わる。
  4. 北条の夜襲(1月8日未明) 北条軍が再び江戸川を渡り、里見陣を急襲した。
  5. 里見軍の敗走 里見軍は多数の将兵を失って安房へ退いた。

勝敗を分けたポイント

  • 緒戦の勝利が油断を生んだ一日目の戦果が、二日目の警戒を緩めさせた。
  • 北条が地の利を逆用した正面の江戸川を避け、迂回して背後から仕掛けた。
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各武将の戦術

戦いの後どうなった?

里見氏は上総の多くを失い、北条氏の房総支配が進みます。ただし安房の本領は保ち、以後も北条と争い続けました。

関東における反北条連合は、上杉謙信の出兵頼みという弱さを抱えたまま推移します。

なぜこの戦いが重要なのか

謙信の関東出兵に呼応する勢力を北条が個別に叩けることを示した戦いです。関東の反北条連合が「同時に動けない」限り北条を崩せないという構図が固まりました。

勝利側

参戦武将

前後の出来事

この前に何が起きた? 第一次国府台合戦(1538年) 北条氏綱が小弓公方・足利義明を破り、同じ国府台で戦っていた。
この戦い第二次国府台合戦
この後どうなった? 北条の房総支配拡大 里見氏は上総の拠点を失い、安房へ押し込まれる。

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よくある質問

Q. 第二次国府台合戦とはどんな戦い?

第二次国府台合戦は、1564年1月に下総国・国府台で行われた合戦です。北条氏康が戦い、結果は北条軍の勝利でした。

Q. 第二次国府台合戦はいつ・どこで起きた?

第二次国府台合戦は1564年1月に下総国・国府台(千葉県市川市国府台(里見公園一帯))で起きました。

Q. 第二次国府台合戦の結果は?

北条軍の勝利

Q. 第二次国府台合戦の参戦武将は?

北条氏康が参戦しています。

参考資料

  • 史料「関八州古戦録」
  • 史料「里見九代記」

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