知行と軍役は取引だった
家臣は主君から知行(所領、またはそこから得られる収入)を与えられ、その高に応じた人数の兵と馬・武具を用意して出陣する義務を負いました。これを軍役といいます。検地によって知行高が数字で把握されるようになると、動員できる兵力も計算できるようになり、大名の軍事力が制度として安定します。
譜代と外様、そして寄親寄子
古くから仕える譜代の家臣と、征服や降伏によって新たに従った外様の家臣とでは、置かれる立場が違いました。外様は所領を安堵される代わりに人質を出すのが通例です。また有力家臣を寄親とし、その下に小規模な武士を寄子として付ける寄親寄子制がとられ、大名は寄親を通じて多数の武士を束ねました。主君が弱れば家臣が離れることも珍しくなく、主従関係は忠義だけで保たれていたわけではありません。
「一所懸命」の意味
家臣にとって、与えられた所領は生活の基盤そのものでした。一つの所領を命がけで守るという意味の「一所懸命」は、この関係から生まれた言葉です。逆に言えば、所領を保証できない主君に仕える理由はありません。豊臣秀吉が全国の大名を服属させられたのも、朝鮮出兵で不満が広がったのも、与えられる恩賞が続くかどうかという同じ理屈で説明できます。



