戦を支える事務方
奉行は「〜を奉じて行う」の意で、仕事の内容ごとに検地奉行・普請奉行・作事奉行・寺社奉行などが置かれました。城を築く、街道を整える、兵糧を集めて運ぶ、寺社との折衝をまとめるといった仕事は、いずれも合戦の前提になります。大規模な動員を続けられるかどうかは、この事務方の能力に左右されました。
豊臣政権の五奉行
職としての奉行が最も明確な形をとったのが豊臣政権です。浅野長政・増田長盛・石田三成・前田玄以・長束正家の5人が、それぞれ司法・土木・検地・朝廷折衝・財政といった分野を分担し、秀吉の意思を全国の大名へ伝える窓口になりました。秀吉の死後、この奉行衆と徳川家康ら大老の対立が関ヶ原の戦いへつながります。
「奉行」と「代官」の違い
奉行が仕事の種類で分かれる職であるのに対し、代官は場所で分かれる職です。代官は特定の土地を預かって年貢の徴収と裁きを行い、奉行はその上で、検地なら検地、普請なら普請と、案件ごとに全体を差配しました。どちらも武力よりも実務能力で選ばれる立場で、算用(計算)や文書作成のできる人材が重んじられました。



