若山城とは
若山城は周防国都濃郡福川(現在の山口県周南市)にあった山城で、大内氏の重臣・陶氏代々の居城である。文明2年(1470年)頃、陶弘護によって築かれたと伝わる。
陶晴賢(初名・隆房)は主君・大内義隆との対立が深まる中、天文19年(1550年)頃から若山城の修築を進めて挙兵に備え、翌天文20年(1551年)に若山城で兵を挙げて義隆を討った(大寧寺の変)。以後、事実上大内氏の実権を握ったが、1555年(天文24年)の厳島の戦いで毛利元就に敗れて自刃。晴賢の死後、子の長房が若山城主となったが、弘治3年(1557年)、かつて晴賢に討たれた杉重矩の子・杉重輔の急襲を受けて城を脱出し、まもなく落命した。



