名護屋城とは
名護屋城は、1591年(天正19年)から翌年にかけて、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の最前線基地として築いた城です。全国の大名を動員し、短期間で完成させたと伝わります。
築城 1591年〜1592年
| 城名 | 名護屋城 |
|---|---|
| 所在地 | 肥前国・名護屋(現・佐賀県唐津市) |
| 築城 | 1591年〜1592年、豊臣秀吉が築城 |
| 主な城主 | 豊臣秀吉 |
| 現状 | 1615年以降に破却、石垣遺構が現存(国指定特別史跡) |
名護屋城は、1591年(天正19年)から翌年にかけて、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の最前線基地として築いた城です。全国の大名を動員し、短期間で完成させたと伝わります。
1591〜1592年、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の最前線基地として築きました。
1598年に秀吉が死去し出兵が中止されると役目を終え、1615年の大坂の陣以後、江戸幕府により徹底的に破却されました。