清洲城とは
清洲城は、織田信長が1555年に那古野城から本拠を移した城です。桶狭間の戦い(1560年)の出陣拠点としても知られます。1582年の本能寺の変で信長が没した後は、後継者と領地配分を決める「清洲会議」(柴田勝家・羽柴秀吉・丹羽長秀・池田恒興が参加)の舞台となりました。
信長の入城 1555年
| 城名 | 清洲城 |
|---|---|
| 所在地 | 尾張国・清洲(現・愛知県清須市) |
| 信長との関わり | 1555年、本拠を移す |
| 主な城主 | 織田信長 |
| 現状 | 1610年開始の「清洲越し」により1613年頃までに廃城。建材の一部は名古屋城に転用されたと伝わる |
清洲城は、織田信長が1555年に那古野城から本拠を移した城です。桶狭間の戦い(1560年)の出陣拠点としても知られます。1582年の本能寺の変で信長が没した後は、後継者と領地配分を決める「清洲会議」(柴田勝家・羽柴秀吉・丹羽長秀・池田恒興が参加)の舞台となりました。
織田信長が1555年に本拠を移した城です。桶狭間の戦いの出陣拠点となり、本能寺の変後は後継者を決める「清洲会議」の舞台にもなりました。
1610年に始まった「清洲越し」で城下町ごと名古屋へ移転し、1613年頃までに廃城となりました。建材の一部は名古屋城の築城に転用されたと伝わります。