柿崎城とは
柿崎城は越後国柿崎(現在の新潟県上越市柿崎区)にあった平山城で、国人領主・柿崎氏代々の居城である。柿崎氏は長尾氏(後の上杉氏)に仕え、戦国時代には柿崎景家がこの城を拠点として活躍した。
柿崎景家は上杉謙信(長尾景虎)の家督相続を支持して重用され、「越後七手組大将」あるいは「上杉四天王」の一人に数えられる猛将として知られる。1561年(永禄4年)の第四次川中島の戦いでは先鋒として武田軍本陣に迫る奮戦を見せ、その武勇は敵味方に轟いた。
戦国時代
| 城名 | 柿崎城(かきざきじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県上越市柿崎区柿崎 |
| 築城 | 築城年不詳。鎌倉期の地頭・大見氏の一族である柿崎氏が築いたと伝わる |
| 主な城主 | 柿崎景家 |
| 現状 | 主要な遺構は失われ、跡地は道路や宅地となっている |
柿崎城は越後国柿崎(現在の新潟県上越市柿崎区)にあった平山城で、国人領主・柿崎氏代々の居城である。柿崎氏は長尾氏(後の上杉氏)に仕え、戦国時代には柿崎景家がこの城を拠点として活躍した。
柿崎景家は上杉謙信(長尾景虎)の家督相続を支持して重用され、「越後七手組大将」あるいは「上杉四天王」の一人に数えられる猛将として知られる。1561年(永禄4年)の第四次川中島の戦いでは先鋒として武田軍本陣に迫る奮戦を見せ、その武勇は敵味方に轟いた。
越後国人領主・柿崎氏代々の居城で、戦国時代には上杉謙信の重臣として知られる柿崎景家が城主だった。
現在は道路整備などにより主要な遺構はほとんど残っていないが、搦手門を移築したと伝わる山門が柿崎氏の菩提寺・楞厳寺に現存する。