富山城とは
富山城は天文12年(1543)、神保長職の命により家臣が築いたと伝わる平城で、越中支配の要衝として上杉氏・織田氏の間で争奪の対象となった。
天正9年(1581)頃、織田信長の命を受けた佐々成政が越中支配の拠点としてこの城に入り、大規模な改修を施して城下町を整備した。本能寺の変後は羽柴秀吉と対立し、天正12年(1584)末には浜松の徳川家康に翻意を促そうと厳冬の北アルプスを越えた「さらさら越え」の逸話で知られるが、翌天正13年(1585)の「富山の役」では秀吉の大軍に包囲されて降伏した。
成政の後、越中は前田家の所領となり、慶長2年(1597)には前田利長が居城をここに移した。慶長10年(1605)に家督を子・利常に譲って隠居した利長は富山城に入ったが、慶長14年(1609)の大火で城が全焼したため魚津城を経て高岡城を新築し移った。




