駿府城

隠居後の居城 1607年〜

城名駿府城
所在地駿河国・駿府(現・静岡県静岡市)
家康との関わり1586年に初めて入城、1607年に隠居後の居城として再入城
主な城主徳川家康
最期1616年、家康がこの城で没する

駿府城とは

駿府城は、徳川家康が2度にわたって本拠とした城です。1585年頃に築城を命じ、1586年に浜松城からここへ移り最初の城主となりましたが、1590年の関東移封で家康は江戸へ移り、駿府城は豊臣系の中村一氏に委ねられました。関ヶ原の戦い後に再び徳川領となり、1607年、将軍職を子の秀忠に譲った家康が隠居先として大改修し、以後「大御所」としての政治(大御所政治)がここで行われました。1616年、家康はこの城で75年の生涯を閉じています。

1585年頃 築城が始まる
1586年 徳川家康が浜松城から移り初めて城主となる
1590年 家康の関東移封に伴い、豊臣系の中村一氏らが城主を務める
1607年 家康が将軍職を秀忠へ譲り、隠居後の居城として再入城・大改修
1616年 家康、駿府城にて死去
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よくある質問

Q. 駿府城で家康は何をしていた?

将軍職を子の秀忠に譲った後も、家康は「大御所」として実権を握り続け、駿府城を拠点に政治(大御所政治)を行いました。1616年にこの城で没しています。

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