佐沼城とは
佐沼城は陸奥国栗原郡(現在の宮城県登米市)に築かれた平城で、奥州藤原氏の家臣・照井高直による築城と伝わる。中世を通じて葛西氏の支配下にあり、大崎地方の要衝として重視された。
天正18年(1590年)、豊臣秀吉の奥州仕置に反発した旧葛西・大崎家臣らが蜂起した葛西大崎一揆では、佐沼城は一揆勢の重要な拠点となった。伊達政宗はこれを鎮圧して所領に組み込み、若き頃から自身に近侍していた重臣・湯目景康を天正19年(1591年)に佐沼城主として配置した。
景康は政宗から「津田」の姓を賜り、以後その子孫は津田氏を称して佐沼城主を7代にわたり務めた。江戸中期の宝暦7年(1757年)以降は亘理氏が城主を継ぎ、明治の廃藩置県まで支配が続いた。



