三城城とは
三城城は永禄7年(1564年)、肥前大村地方を治めた大村純忠が本拠として新たに築いた城で、以後、大村氏の本城として機能した。純忠は前年の永禄6年(1563年)に洗礼を受けて日本初のキリシタン大名となっており、三城城下でも南蛮貿易とキリスト教布教が進められた。
元亀3年(1572年)、純忠と対立する後藤貴明・西郷純堯・松浦隆信らの連合軍に三城城を包囲されたが、純忠はわずかな手勢で持ちこたえ、援軍を得て包囲を解かせた。この戦いは「三城七騎籠り」として大村氏の武勇伝として語り継がれている。純忠は晩年、坂口の居館に隠居し天正15年(1587年)に没した。純忠の子・喜前が慶長4年(1599年)に玖島城を新築して移った後、三城城はその役目を終えた。



