真田本城

天文年間(1530年代~1550年代)

城名真田本城(真田氏本城)
所在地長野県上田市真田町本原
築城天文年間(1530年代)、真田幸隆によると伝わる
主な城主真田幸隆
現状史跡公園として整備。土塁・堀切などの遺構が残る

真田本城とは

真田本城(さなだほんじょう、真田氏本城とも)は、長野県上田市真田町本原の山上に築かれた山城で、真田氏発祥の地とされる真田の郷を見渡す位置にある。松尾城、十林城、住連寺城、真田山城などとも呼ばれた。

武田信玄に仕えた真田幸隆が本拠を置いたと伝わり、その跡を継いだ信綱・昌幸の代まで、真田氏三代の本拠として機能したとされる。1585年に昌幸が上田城を築いて本拠を移すまで、この地が真田氏の中心地であったとされる。

発掘調査では鎌倉時代の遺構も確認されており、真田氏以前から山城として利用されていた可能性が指摘されている。真田氏の本城であったことを直接示す一次史料には乏しいものの、現在は史跡公園として整備され、土塁や堀切などの遺構を見ることができる。

1530年代頃(天文年間) 真田幸隆が真田本城を本拠に定めたと伝わる
1551年 真田幸隆が砥石城を攻略し、真田氏の勢力を拡大
1585年 真田昌幸が上田城を築城し、本拠を真田本城から移す
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ゆかりの武将

真田氏三代の本拠

真田幸隆・信綱・昌幸の三代にわたり本拠とされた

真田幸隆・信綱・昌幸が拠点とした城

真田幸隆・信綱・昌幸の真田氏3代にわたって本拠とされた城で、信綱は父幸隆の跡を継いだ当主として同城を拠点に活動した。

よくある質問

Q. 真田本城と上田城はどう違うのですか?

真田本城は真田氏が上田城を築く以前の本拠とされる山城で、平地に築かれた上田城とは異なり、真田の郷を見下ろす山上に位置します。1585年に真田昌幸が上田城を築城したことで、本拠としての役割を終えたとされます。

Q. 真田本城は本当に真田氏の本拠だったのですか?

真田本城が真田氏の本拠であったことを直接示す一次史料は乏しく、後世の伝承による部分も大きいとされます。ただし発掘調査で城郭としての遺構が確認されており、真田氏発祥の地・真田の郷を望む要地であったことは間違いないと考えられています。

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