沼城

永禄2年(1559)~天正元年(1573)頃

城名沼城(亀山城)
所在地岡山県岡山市東区沼
築城天文年間、中山信正(勝政)による(伝)
主な城主宇喜多直家
現状城跡が残り、遺構の一部を確認できる

沼城とは

沼城は天文年間、浦上宗景に仕えた中山信正(勝政)によって築かれたと伝わる丘城で、「亀山城」の別名を持つ。ただし、明智光秀ゆかりの丹波亀山城(京都府亀岡市)とは全く別の城である。

永禄2年(1559)、宇喜多直家は舅にあたる中山信正を謀殺してこの城を奪い、以後の居城とした。

直家はここを拠点に約14年(1559年~1573年)をかけて備前・美作・備中方面へ勢力を拡大し、戦国大名として成長を遂げた。天正元年(1573)頃、より大きな岡山城(当時は石山城)へ本拠を移し、その後は子の宇喜多秀家が近世城郭として大改修を行っている。

天文年間 中山信正(勝政)が沼城(亀山城)を築いたと伝わる
1559年 宇喜多直家が中山信正を討ち、沼城を奪って居城とする
1559年~1573年頃 直家が沼城を拠点に備前・美作・備中へ勢力を拡大
1573年頃 直家が岡山城(石山城)へ本拠を移す
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ゆかりの武将

宇喜多直家 - 戦国大名として成長した拠点

後に本拠を移した岡山城は、既存ページ「岡山城」で子の宇喜多秀家とあわせて解説している。

よくある質問

Q. 沼城と丹波亀山城は同じ城ですか?

別名は同じ「亀山城」ですが、全く別の城です。沼城(備前国の亀山城)は岡山県岡山市東区にあり、丹波亀山城は明智光秀が築いた京都府亀岡市の城です。

Q. 宇喜多直家はなぜ沼城から岡山城へ本拠を移したのですか?

勢力拡大に伴い、より規模の大きな岡山城(当時の石山城)が本拠として適していたためと考えられています。

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