三芦城とは
三芦城は阿武隈川の支流・泉郷川沿いに築かれた城で、清和源氏の流れをくむ石川有光が平安時代後期にこの地へ入り築いたと伝わる。以後、陸奥石川氏歴代の居城として500年近くにわたり石川郡一帯を治める拠点となった。
石川昭光は養父・石川晴光の跡を継いで三芦城主となり、当初は佐竹氏と結び(時に蘆名氏とも緊張関係を抱えつつ)伊達氏と対峙したが、天正17年(1589)の摺上原の戦いで蘆名氏が没落すると伊達政宗に服属した。
しかし天正18年(1590)の小田原征伐に参陣しなかったことを理由に豊臣秀吉の奥州仕置で改易され、三芦城は廃城となった。昭光自身は伊達家臣として存続を許され、後年は陸奥角田城主として生涯を終えている。



