小諸城

築城 1554年頃/仙石秀久の入封・大改修 1590年

城名小諸城
所在地長野県小諸市(信濃国佐久郡)
築城/入城など1554年(天文23年)頃 武田氏により整備/1590年 仙石秀久が小諸5万石を拝領(翌1591年に入封)し、近世城郭への改修に着手
主な城主仙石秀久(小諸藩初代藩主)
現状国指定史跡「懐古園」。石垣や空堀などの遺構が残る

小諸城とは

小諸城は千曲川に面した崖の上に築かれた城で、城下町よりも城郭のほうが低い位置にある「穴城」として知られる。武田氏の支配下で整備されたと伝わり、武田氏の信濃経略における拠点のひとつとなった。

1590年、小田原征伐の戦功により豊臣秀吉から信濃小諸5万石を与えられた仙石秀久が入封。以後、慶長19年(1614)に秀久が死去するまで城主を務め、大手門・二の丸などを整備。家督を継いだ子・忠政が三の門などを整備し、元和8年(1622)に上田城へ転封となるまで城主を務めた。仙石氏はその後但馬出石へ移封となったが、小諸には仙石氏が築いた城郭の骨格が今も残る。

1554年頃 武田氏の支配下で城が整備されたと伝わる
1582年 武田氏滅亡後、織田氏・北条氏・徳川氏の争奪の場となる
1590年 小田原征伐の戦功により仙石秀久が小諸5万石で入封し、近世城郭への大改修に着手
1622年 仙石秀久の子・忠政が上田城へ転封
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ゆかりの武将

近世城郭に改修した初代藩主

小田原征伐の功で1590年に小諸5万石を与えられ入封。24年間の在城中に大手門・二の丸などを整備し、現在に残る城郭の骨格を築いた。

よくある質問

Q. 小諸城はどんな城ですか?

千曲川沿いの崖上に築かれ、城下町より低い位置にあることから「穴城」とも呼ばれる信濃の城です。武田氏の支配を経て、豊臣秀吉配下の仙石秀久が近世城郭に改修しました。

Q. 仙石秀久と小諸城の関係は?

1590年の小田原征伐後、その戦功により小諸5万石を与えられて入城し、初代小諸藩主となりました。24年間在城し、大手門や二の丸を整備するなど大改修を行いました。

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