岩沼城とは
岩沼城は鵜ヶ崎城、武隈館とも呼ばれ、陸奥国名取郡(現在の宮城県岩沼市)に築かれた城である。奥州街道と阿武隈川の水運を押さえる要地に位置し、中世を通じて重視された。
二階堂氏の一族と伝わる泉田氏は留守氏の傘下でこの地に所領を得て岩沼城主となり、享禄2年(1529年)には泉田景時の子として泉田重光が生まれた。重光は天正10年(1582年)に兄・光時の討死を受けて家督を継ぎ、伊達政宗の当主就任後は重用されて岩沼8000石を治めた。
天正19年(1591年)、政宗が岩出山城へ移封されるのに伴い、重光も磐井郡薄衣城へと所領を替えられ、岩沼を離れた。以後、岩沼城は伊達領国内の一拠点としての役割を終えていった。



