堀越城

1594年(文禄3年)

城名堀越城(堀越城跡)
所在地青森県弘前市堀越
築城/入城など文禄3年(1594)、津軽為信が大浦城より居城を移し大改修
主な城主津軽為信
現状国指定史跡「津軽氏城跡」。史跡公園として整備・公開

堀越城とは

堀越城は青森県弘前市堀越に所在した平城で、南北朝時代の建武3年(1336)に曾我太郎貞光が築いたと伝わる。戦国時代末期、津軽地方の統一を果たした大浦(津軽)為信がこの地に着目し、文禄3年(1594)に大改修を行って大浦城から居城を移した。

以後、慶長16年(1611)に二代信枚が高岡城(後の弘前城)へ拠点を移すまでの17年間、堀越城は津軽氏の居城として機能した。弘前城の完成は為信の没後であり、為信自身の生涯における最後の本拠は堀越城であった。

1337年 曾我貞光によって築かれたと伝わる(築城年代には異説もある)
1594年 津軽為信が大浦城から居城を移し、大改修を行う
1611年 二代信枚が高岡城(弘前城)へ拠点を移し、堀越城は廃城となる
1985年 国の史跡「津軽氏城跡」に指定される
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津軽為信の居城

津軽統一後、弘前城完成までの17年間の本拠

よくある質問

Q. 堀越城はなぜ津軽為信にとって重要な城なのですか?

為信は文禄3年(1594)に大浦城から堀越城へ拠点を移し、津軽統一後の支配拠点として整備した。弘前城が完成する前、津軽氏最後の居城として17年間機能した城である。

Q. 弘前城との関係は?

弘前城(当時は高岡城)は為信の跡を継いだ二代信枚が慶長16年(1611)に築いたもので、為信自身の居城は堀越城であった。

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