檜原城とは
檜原城は福島県耶麻郡北塩原村、蘆名領との国境に近い標高950メートル前後の山上に築かれた山城である。天正13年(1585年)、会津侵攻を進める伊達政宗が最前線の拠点として新たに築城したと伝えられる。
政宗は築城にあたり家臣の後藤信康を城代に任命した。檜原城は蘆名氏との緊張が続く国境地帯にあり守備は極めて過酷であったとされ、信康はたびたび政宗に配置換えを願い出たと伝わるほどであった。
天正17年(1589年)の摺上原の戦いで政宗が蘆名義広を破り会津を制圧すると、檜原城の国境防衛としての役割は薄れていった。豊臣政権下の奥州仕置や蒲生氏の会津入部を経て廃城になったとみられ、現在は山中に堀切や土塁、虎口などの遺構が良好な状態で残っている。



