福知山城とは
福知山城は、丹波国(現在の京都府福知山市)にあった城で、織田信長の命を受けて丹波平定を進めていた明智光秀が、天正7年(1579年)にその総仕上げとして築いた城である。もとはこの地の国衆・塩見氏(横山氏)が拠っていた横山城であったが、光秀はこれを攻略して手中に収め、城の名を「福知山城」と改めて近世的な城郭へと大きく作り替えた。
光秀は自らの城代として婿養子の明智秀満、家臣の藤木権兵衛らを配置し、丹波支配の拠点とした。しかし天正10年(1582年)の本能寺の変ののち、光秀が山崎の戦いで敗死すると明智氏による統治はわずか3年ほどで終わり、以後は城主が幾度も交代した。現在に伝わる連結式天守などの縄張りは、江戸時代初期に入城した有馬豊氏の頃に完成したとされる。



