琵琶島城

戦国時代

城名琵琶島城
所在地新潟県柏崎市西本町
築城南北朝時代、上杉憲顕に従い越後入りした宇佐美氏が築いたと伝わる
主な城主宇佐美定満
現状柏崎市指定史跡。城跡は県立柏崎総合高等学校の敷地となり、遺構はほとんど残っていない

琵琶島城とは

琵琶島城は新潟県柏崎市西本町にあった城で、伊豆の豪族であった宇佐美氏が南北朝時代に越後守護・上杉憲顕に従って越後入りした際に築いたと伝わる。鵜川の蛇行地点に位置し、川が天然の堀を形成するとともに越後有数の湊であった柏崎湊とも通じる要衝であった。

上杉家臣・宇佐美定満はこの琵琶島城を本拠とした武将で、後世の軍記物では上杉謙信の軍師として描かれることで知られる(史実としては確認されていない)。永禄7年(1564年)、坂戸城主・長尾政景とともに野尻池(所在地には諸説あり定説はない)で溺死するという謎に包まれた最期を遂げた。

定満の死後、琵琶島城は枇杷島弥七郎らが城主を継いだが、天正6年(1578年)の御館の乱で滅亡。その後も城主が置かれたが、慶長3年(1598年)の上杉景勝の会津転封に伴い廃城となった。

南北朝時代 伊豆の豪族・宇佐美氏が越後入りし琵琶島城を築いたと伝わる
戦国時代 宇佐美定満が城主として上杉家に仕える
1564年 宇佐美定満が野尻池で長尾政景とともに溺死
1578年 御館の乱で琵琶島城の城主一族が没落
1598年 上杉景勝の会津転封に伴い廃城
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宇佐美定満と琵琶島城

よくある質問

Q. 琵琶島城は今も見ることができますか?

現在は県立柏崎総合高等学校の敷地となっており、往時の遺構はほとんど残っていませんが、校内に石碑が建てられています。

Q. 宇佐美定満はどのように亡くなったのですか?

永禄7年(1564年)、坂戸城主・長尾政景とともに野尻池で溺死しました。謀反の疑いをかけられた政景を道連れにしたとも伝わりますが、真相は定かではありません。

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