徳川秀忠の生涯
徳川家康の三男にして江戸幕府二代将軍。関ヶ原では真田昌幸の上田城攻めで遅参するも、大坂の陣では総大将として参戦。武断政治から文治政治への転換を図った。
— 律儀者 —
| 名前 | 徳川秀忠 |
|---|---|
| 本名・幼名 | 長松 |
| 異名 | 律儀者 |
| 生年 | 1579年 |
| 没年 | 1632年 |
| 出身 | 遠江(静岡県) |
| 勢力 | 徳川 |
| 役職 | 大名 |
徳川家康の三男にして江戸幕府二代将軍。関ヶ原では真田昌幸の上田城攻めで遅参するも、大坂の陣では総大将として参戦。武断政治から文治政治への転換を図った。
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戦国図鑑アプリを見る徳川秀忠は遠江(現在の静岡県)の出身です。
徳川秀忠は第二次上田合戦、関ヶ原の戦い、大坂の陣に参戦しています。
徳川秀忠は「律儀者」と呼ばれています。