戦の詳細
朝倉義景攻めの最中、同盟者であった浅井長政が裏切り、織田軍は前後を挟み撃ちにされる危機に陥った。信長は即座に撤退を決断し、羽柴秀吉と明智光秀が殿軍を務めて本隊の退路を確保した。戦国史に残る名撤退戦。
1570年4月
| 戦名 | 金ヶ崎の退き口 |
|---|---|
| 時期 | 1570年4月 |
| 場所 | 越前国・金ヶ崎 |
| 結果 | 織田軍の撤退成功 |
朝倉義景攻めの最中、同盟者であった浅井長政が裏切り、織田軍は前後を挟み撃ちにされる危機に陥った。信長は即座に撤退を決断し、羽柴秀吉と明智光秀が殿軍を務めて本隊の退路を確保した。戦国史に残る名撤退戦。
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戦国図鑑アプリを見る裏切りの報を受け即座に撤退を決断。わずかな供回りで京へ帰還。
殿軍の大将として最後尾を守り、見事に撤退を成功させる。出世の転機に。
秀吉と共に殿軍を務め、朝倉軍の追撃を食い止めた。
殿軍に加わり、後方の防衛に奮戦。
信長と共に撤退。この時の信頼関係が後の同盟強化につながった。
朝倉氏との義を貫き信長を裏切るも、追撃の好機を逃す。
織田軍の背後を突く形となるも、追撃を徹底できず。